代わりがいるから、自分は自由でいられる

できることなら、
唯一無二な存在でありたい。

かけがえのない、
この世界でただ一つの存在でありたい。

ある意味で僕たちは唯一無にであり、
世界でたった一つだけの存在であるといえると思います。

しかし、僕がこの世界でできること、
仕事というものは必ずしも僕がやる必要はなく、
同じようなことができる人間がいるのもまた事実だと思います。

例えば、電球を発明したのはエジソンですが、
仮にエジソンがいなかったとしたら・・・
今でも電気の無い生活をしているでしょうか?
たぶん、エジソンよりも時間がかかってしまうかもしれませんが、
他の誰かによって電気が発見されていて、電球もできていたはずです。

スポーツ選手とか、
天才と呼ばれる医者とかのレベルまでいくと確かに変わりがいないかも
しれませんが、それでも変わりがないわけではないのです。

自分の変わりはいる・・・
なんていうと、なんだか自分には価値が無いような感じがしますね。
ある意味、絶望です。

でも、このことは別の考え方もできると思うのです。

仮に僕がいなくなったら、家族は悲しむかもしれないけれど、
社会全体としては別に混乱が起こることはない。
経済が止まってしまうということもない。
会社が倒産してしまうわけでもない。

そう考えれば、
自分の好きなように生きていったって
誰にも迷惑は掛からないわけです。

どんな道へ進もうとも、
いつ死のうとも
たいして問題ではない。

そう考えると、
悲しい気もするのですが、
同時に元気がでてくる気もする。

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